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大阪地方裁判所 昭和53年(タ)224号 判決 1980年2月25日

原告

甲野太郎

右法定代理人親権者母

甲野花子

右訴訟代理人

井上啓

被告

山田宏こと

ヒロシ・レイモンド・ヤマダ

(Ken Raymond Horibe)

主文

原告が被告の子であることを認知する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

本件は、わが国に住所を有する原告がカナダ国籍を有する被告に対し被告の子としての認知を求めるものであつて、かかる認知請求事件についてわが国の裁判所が裁判権を行使するためには、国際条理上、原則として被告の住所がわが国内にあることを必要とするものと解すべきである。しかし、本件に於ては、被告の現在の住所が不明であることは訴訟上明らかであり、後に認定するように、原告の母甲野花子はわが国内にある被告の肩書最後の住所地に於て被告と同棲しているうちに原告を懐妊したものであり、更に<証拠>によると、甲野花子は昭和五三年八月五日大阪市北区長に対して原告の出生届をなしたことが認められ、且つ原告が右花子の子として我が国の戸籍に登載されていることが推認でき、原告の出生をめぐる状況はすべてわが国内に於て展開したものであつて、これに関わる重要な証人の殆どすべてがわが国に居住しているものと考えられる。このような事情にある場合に、国際裁判管轄権の前記原則に固執することは、原告の訴訟による父の捜索を著しく困難ならしめ、却つて国際私法生活に於ける正義と公平の観念に背反する結果を招来することとなるから、本件に於ける右の事情は前記原則の例外を認めるべき特別の事情に当るものというべきであつて、本件訴訟はわが国の裁判管轄権に属するものと解するのが相当である。

そして、人身訴訟手続法二七条は認知請求事件を子が普通裁判藉を有する地の地方裁判所の管轄に専属するものと定め、本件に於て子である原告は大阪市の肩書住所地に普通裁判藉となる住所を有するのであるから、本件訴訟は同市を管轄する当裁判所に専属することとなる。

そこで、本案について考えるに、<証拠>を総合すると、原告主張の請求原因事実はすべてこれを認めることができ(他に右認定に反する証拠はない)、右事実によれば、原告は被告の子であるという外はない。

ところで、前記甲第五号証によれば、原告の母甲野花子が日本国民であることは明らかであるから、原告は、国籍法第二条第三号により日本国籍を取得した非嫡出子であり、被告は、カナダ国籍を有するものであるところ、法例第一八条によると、認知の要件に関する準拠法は、子については認知の当時の子の属する国の法律により、父については認知の当時の父の属する国の法律によることになる。従つて本件においては、子である原告についてはわが民法によるべきであるが、父である被告については、その属するカナダが同国を構成する各州によつて親族身分法を異にし、法例第二七条第三項にいう「地方により法律を異にする国」に該当するところ、前記甲第三号証によると、被告の出生地は同国ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市であることが認められ、同国法上の被告の本源住所は同市にあるから、同市の所属するブリティッシュ・コロンビア州の法律によるべきである。

そして、同州の制定法である「未婚の両親の子に関する法律」(children of Unmarried Parents Act)によると、同州においては、裁判官は、婚姻外の子の母その他一定の者がその子の出生後一年以内になした申立に基づき、審理の結果その子の父と認定した者に対しては、裁判によつてその者が婚姻外の子の父であることを宣言し且つ扶養料等の支払を命ずることができるものとしているのであつて、この制度は、訴訟の手続要件、父性宣言の要件及び効果等において必ずしもわが民法の強制認知と全く一致している訳ではないけれども、これを実質的に観ればわが民法の認知制度と同様の目的に奉仕しようとするものであつて、これと相容れないものとは考えられないから、日本人である婚姻外の子がカナダ人である父に対してわが民法による認知の訴を提起することを拒否するものではないというべきである。

してみれば、本件において原告が被告の子と認められること前認定の通りである以上、本訴が前記「未婚の両親の子に関する法律」に定める手続要件を充す限り、被告の子としての認知を求める原告の請求はこれを認容すべきところ、(一)右法律は前記父性宣言の申立権者を婚姻外の子の母と定めているが、本件においては原告の母が、当事者本人としてではないけれどもその法定代理人として本訴を提起することにより、実質的に右の要件を充していると解され、また(二)本訴が提起されたのが昭和五三年八月二一日であつて原告の出生後一年以内であることは記録上明らかであるから、出訴期間の点においても前記法律の要求を満しているものということができる。

よつて、原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川臣朗 大串修 河村潤治)

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